コミットメントと信頼(RSGT2020に参加した話)

Regional Scrum Gathering Tokyo 2020に参加してきた。RSGTは去年に続き2回目。

OSTにテーマ出した

これはだいぶ勇気がいったけど、去年ビビってテーマ出せなかったので今年はやりたいと思っていた。2日目の終わりに藤村さん(@aratafuji)のセッション聞いてたので、失敗して恥かいてもいーやって思えたのもある。

用紙にテーマ書いてたら目の前で平鍋さん(@hiranabe)がおんなじことしてたり、みなさんのプレゼンがだいぶ面白いしで、自分の番が回ってくるまでにだいぶ緊張した。ディスカッションは全くファシリテートできなくて、まわりの人にずいぶん助けてもらった。が、やってよかったと思う。

テーマは『「コミットメント」とは何か』にした。コミットメントという捉えづらい概念について話すので、具体例が欲しかった。参加したみなさんでコミットメントを感じる時と感じない時の具体例を出しあうことにした。

期限やスコープみたいな結果を約束することだ派と、全力を尽くす姿勢のことだ派に別れた。興味深かったのは、自分が自分自身にコミットメントを感じる・感じない時を出した人と、自分以外の他人に感じる・感じない時を出した人に別れたことだった。自分自身しかみてない人は他人のコミットメントを気にしていない様子に見えたのがとても興味深くて、もっと詳しく聞いてみたかったけど、また別の機会に。

このテーマを選んだ理由

コミットメントはスクラムガイドに書いてあるスクラムの価値基準の1つだが、とっても難しい概念だと感じていた。

スクラムチームが、確約(commitment)・勇気(courage)・集中(focus)・公開(openness)・尊敬 (respect)の価値基準を取り入れ、それらを実践するとき、スクラムの柱(透明性・検査・適応)は現実のものとなり、あらゆる人に対する信頼が築かれる。

スクラムガイド - Scrum Guides

昔、会社の同僚(マネージャー)が、終わったプロジェクトをふりかえって「メンバーにタスクの期限をコミットさせられなかった」ことを反省していたことがあった*1。この発言を聞いたとき、その表現にすさまじい違和感を覚えて「コミットって個人が主体的にするものであって周りがさせるものではなくない?」という話をしたことがある。その時はうーんそうかな、そうかもなみたいな感じで終わったんだが、このときからコミットメントという概念に対するモヤモヤを感じていた。

少なくとも約束(Promise)や責任(Responsiblity)と密接に絡んだ概念なんだろうな、ということは理解できるが、そのものずばりの日本語が見つからない。

あとは昔炎上プロジェクトでぷろじぇくとまねーじゃーと大喧嘩した時から、約束や責任について考えることが増えたというのもある。

できれば海外の方に聞いてみたかったけど、この日はその機会はなかった。まぁOSTなので、それが起こりえた唯一のことである。  

この日は最終的に、Commitmentを献身と訳すとしっくりくるねという話になった。

信頼との関係

組織パターンの「信頼で結ばれた共同体(Community Of Trust)」に「責任は引き受けるものであって与えるものではない(Responsibility is taken, not given.)」と書かれている。「なにかの目標のために全力を尽くす」というのは自発的な行為であって、外から強制できるものではない、ということなんだと思う。

www.orgpatterns.com

ぼくはセッションを聞けなかったんだけれども、Mitsuyuki Shiiba(@bufferings)さんのスライドを見て雷に打たれたような気分になった。「献身を信頼する」とはどういうことか。

「うまくサポートできなくてごめん」というフレーズに相手への信頼が詰まっていてすごい。自分からそんな発想でてくるだろうか。

パトリック・レンシオーニの「あなたのチームは、機能してますか?」に出てくる「チームの五つの機能不全」モデルでも、土台になるのは信頼であって、これがなければコミットメントが欠ける*2とされていたりする。

チームや組織の内部の信頼関係が、個人のコミットメントに影響するのは間違いないと思う。信頼していない・されていない集団の中で目標に対して献身を示すのはぼくには無理だ。また、見かけのハードワークがすなわちコミットメントを表しているかというとそうでもない。むかし自分が信頼の欠けたプロジェクトの中にいた時、それでもハードワークしていた理由は、結果にこだわっていたわけではなく、あとで陰口を叩かれないようにするためだった。信頼関係は人のコミットメントに必要な条件ではないかと思う。

現実の世界

一方、ぼくはシステムを受託開発する会社で働いているので、ぼくのコンテキストには顧客との受発注関係がある。発注側と受注側にはどうしても上下関係ができてしまいがちだが、両者の間の信頼関係もまた、コミットメントのためには必要なことではないかと思う。

でも、まだ信用がない状態で、信頼関係が大事なんです!と叫んでも虚しいだけである。まずは相手に信用してもらう必要があって、そのためには自分たちが成果を出せることを見せる必要がある。なので、ぼくは藤村さんの主張に心底同意している。

こいつらは約束を果たすやつだ、という信用を勝ち取ったうえで、その先に初めて理想的な関係が待っているのではないかと思う。現状を無視して理想を振りかざしても、理想状態に一足飛びにたどり着くことはできない。

自分は何ができるか

これから先チームに対して何ができるか。

  • 全力の献身を信頼すること
  • 信頼していることを目に見えるように表現しつづけること
  • おれの思うおれのコミットメントを表現しつづけること

いずれにしても他人に押し付けるのはだめだな、と再確認した。過去のいろいろを反省しながら。過去の経験から他人をコントロールしようとすると大抵のことがダメになっていくことを学んでいるので、他人のコミットメントをコントロールしようとすることだけは間違ってもないようにしようと思う。

まとめ

他にもいろいろあったのだけど、疲れてきたのでこの辺でやめにする。

去年はぼっちでセッション聞いてるだけだったけど、今年は昔の知り合いやいろんなコミュニティで知り合った人と会話できたりもして、まあまあ参加できてる感があった。来年のチケットはもう買っちゃったので、圧倒的に成長して参戦したいと思う。

*1:この同僚は彼の上司から、コミットさせられなかったねという指摘を受けたらしい

*2:翻訳版では「責任感の不足」となっている。原著だと"Lack of Commitment"